私達の行く先は天ではなかった。
第壱話 別火光の場合②
春休みが近くなっただけのいつもの春の日。目覚ましがチリリ、と音を立て、定刻になったことを認識するとわたしは目を開く。
先になんだなんだと綴ったが、わたしは今はまだ学生の身。光を与えるためにもまずは勉学に励むことが前提となる。
だって、選ばれし者だって努力はしなきゃ宝の持ち腐れだろ?
ベッド横のリモコンを押し、深緑色のカーテンが開くまでの数秒にそっとひと伸び。すると、わたしの前途洋々な未来を暗示しているかのように部屋がぱっと明るくなる。
三月らしく窓の向こうには桜吹雪が舞っている。わたし自身、植物には詳しくないが、桜は好きだ。
何故なら人々を集め、笑顔にするからで……。少し羨ましささえある。
わたしも将来は桜のような人物になれるのであろうか。いや、絶対なろうと思う。
そのように空想に耽っていると、わたしは途端頭痛に苛まれ現実に引き戻される。
カフェインの離脱症状だ。
医者である両親からは散々注意されているしわたしも医者を目指す身ではあるがどうにもやめられない。
敢えて言い訳をするのであれば、医者は生活習慣病率が高い。であるから、これはきっとわたしだけの問題ではない。
というわけでわたしは懲りずに新しいエナジードリンクの蓋を開け、頭痛の原因を吹き飛ばすべくそれを口に含む。
「っあ~、やっぱ朝から炭酸は元気出るな」
空き缶を机の上に無造作に置いた後、わたしは頬をパンパンと叩く。そうしてまだ少しだけ眠い目をこする。
ああそうだな、顔洗う前にエナドリなんて流石にやりすぎかもな。わたしは言い訳した自分が少しだけ嫌いになった。
やることを済ませた後、独り、わたしは食卓につく。
父さんも母さんも開業医として朝から診察業務に回っているため朝は基本的に顔を合わせない。
静かなのはいいことなのだが……たまには誰かと朝飯食いたいなぁと思うことも少なくはない。
朝から少々センチメンタルな気持ちになりながらも、わたしはいつものように食パンに苺ジャムを塗った。
ふと、わたしは数年前に苺の妖精と知り合ったことを思い出す。
突然わたしの前に甲高い声の生き物が現れた時には少々驚いたが、今ではそれなりに仲の良い関係を築けていると感じている。
そんな彼女と出会って以来、食パンにつけるジャムに苺を多く選んでいるのだということも彼女はどこからか見ていて知っているのだろう……。
彼女と出逢うまではそもそも朝飯なんて食べちゃいなかった。朝飯を食べるようになってからはより授業に集中出来るようになったと感じているし、その辺りも含めて苺の妖精のおかげとも言えなくはない。
わたしが選ばれし者でなかったのなら今も朝飯を食べていなかったのだろうと思うと薄汚い笑みが溢れる。光を与える者としては似つかわしくない笑みだ。
「さて……じゃ、行ってきます」
"トレードマーク"として左目に装飾用の眼帯をつけ、わたしは誰もいないがらんどうの家に向かってそう呟いた。
……ああ、家に犬でもいりゃあよかったかもしれないな。
弟も正月くらいしか家には帰れないし。それはまあ正月以外も帰ってこられるようになるのが望みなのだが。
わたしは学校に向け自転車を漕ぎ出した。
別火光の場合②
2023/02/16 up